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女が化粧にかかる金を計算しだしたらそれは自分をもてあましてる何よりの証拠。もうこの先は幸せを掴んだと思っても砂のように手のひらをすりぬけ逃げてくだけ。
「簡単なことだよ、彼らもあの子達が決して美人じゃないことはわかってる。でも自分を拒絶しない女だと思えるだけで実際より3倍は美人に見えるんだよ。普段女性から拒絶されていると思っている男ならなおさらね」
というのも、僕 も新聞奨学生制度を活用して大学を卒業しました。雨の日も雪の日も、外であの濡れやすい紙の束を配る理不尽なシゴトを通じて得られる経験は貴重でした。
そんな僕がオトナになった今感じるのは、感謝はしているのですが、やはりあの仕組みは一部のお金持ちのオトナがよりお金を集める目的で創り上げた奴隷制度であると感じています。
本質は、資本家がより資本を増やす為の奴隷制度です。
沢山の奨学金制度のうち、新聞奨学生制度に限っていえば、『学業と仕事の両立のサポート』という大義名分をかざして学生の『とにかく進学したい。』という心理を利用した、資本家がより肥え太る為の悪質な仕組みだと感じます
なぜなら、あの過酷な仕組みの中『お金を払って、学校で学ぶ。』のと『お金をもらって、働きながら学ぶ。』コトの両立は、物理的に不可能だからです。大学は五限まであるのに、毎日三限までしか出られないのです。
じゃあ、適当に仕事をこなして行けばいいかっていうとそうもいきません。
当然、シゴトあっての奨学金なので、単位を諦めざるを得ません。出席したくても、夕刊配達があるから、物理的に出席出来ないんです。
脱落者や、学校をやめてしまう人があまりにも多いのは、仕組みを提供する側も分かっているはずです。つまり『学校あってのシゴト』であるべきなのに『シゴトあっての学校』にならざるを得ない、本末転倒の結果になる事を承知で運用されている悪質な仕組みなのです。僕は図太いし、健康体なのでなんとか卒業しましたが、ココロとカラダがよほど強靭な人でないと、とてもマトモに卒業できる仕組みではありません。
美大女子で覚えてる自給自足パターンでいうと、銀座のクラブで働いていて、やってる絵が自身のヌードなわけ。で、上客ついてて同伴出勤で自分の個展に行くとw するとそいつが絵を買ってくれて。シュガーダディ・スキームみたいに、体を売らずに学費を全部稼いでいた女子が居た。あれは凄くかっこいいなーと思っていた。
posts/334493286619918 (via otsune)

もう10年以上も前に、運動は20分以上続けると効果があがる
という理論が発表されました。
その理論は、血液中のブドウ糖と脂肪酸の濃度を測定すると、
運動当初はブドウ糖濃度が高く、20分ほど経過して、
血液中のブドウ糖が消費されると、脂肪の濃度が高くなって
くることから導き出されました。

ところが、この理論が日本中に普及した結果、運動不足に
なる人が増加しました。
理由は、20分も運動をしなければならないのなら、負担だと
感じる人が多かったからです。

この理論には、2つの説明不足がありました。
1つは、運動は10分でも20分でも良いのですが、20分以上、
続けると、わずかですが効率的があがると説明すべきだった
ことです。

もう1つは、ダイエット中のように、いつも血液中に脂肪が
溶け出している状態では、運動当初から脂肪の燃焼が期待
できることです。

先の実験では、血液中のブドウ糖濃度が20分ほどで少なくなり、
代わりに脂肪酸の濃度が増しましたが、これは、普通、血液中に
溶け込んでいるブドウ糖の量が20g位なので当然なのです。

ブドウ糖20gはジョギングで、筋肉がちょうど20分で消費する量です。
ところが、もしも、食後にジョギングをすれば、食後1時間位は
ブドウ糖が小腸から吸収され続けるので、いつまでたっても、
脂肪の燃焼が始まりません。そのようなグラフも残っています。

また、逆に、ダイエット中や空腹時のジョギングでは、最初から
血液中に脂肪が溶け出しているので、ジョギング開始と同時に
脂肪が燃え始めるのです。20分も待つ必要はないのです。

12 わかめちゃん(東京都) New! 2009/02/24(火) 07:52:44.54 ID:jN8Lwvu8 
ドライブレコーダーもデジタルだけど、映像改変をできないようにしてない場合は証拠能力は無い。
実際に、フォトショップで赤信号を青信号に変えた事例が他であったはず。
ちなみに、そのフォトショップ改変がバレたのは、
信号の変わるタイミングが秒単位で制御されているため、
その事故を起こした時間と信号の表示が一致していなかったため、
問いただしたところ、ゲロした。
母が若すぎて困る。
私が高校生の時の家族写真を恋人に見せたら、妹さん可愛いねと言ってきた。そんなに私は老けてますかorz
父曰く「今の君が大好きだ。」と新婚時代に言ってから、全く変わらないのだそうだ。
態度も全くその頃のままで、私と父が将棋を指していると母が「私とも遊んで。」と父に擦り寄ってくる。
父「後でな。」
母「今、今い~ま。」
父「とりあえず将棋でも見てろ。あ、その香車待って。」
しぶしぶ盤面に目を落とす母。
私「母と父は仲いいよね。」
母「大仲良し!」
父「普通だろ。」
母「つれないわ~。昔はあんなに・・・(甘々セリフ)とか言ってくれたのに。」
赤面父「今いいとこだから少し黙ってろ。大祐(私の名前)、その角成り待ってくれ。」
(中略)
ふと深夜に眼が覚め、何気なしにトイレに行くと、通り道にある父母の寝室からクスクス笑い声。
覗いてみると、
母「ちーくん。」
父「えっちゃん・・・。」
母「やっとスリスリできる~。」
父「今日もお疲れ様。」
母「そちらこそお疲れ様。今日は大ちゃんばっかりで私の相手してくれなくてさびしかったよ~だ。」
父「すまん。しかし、大祐の前でこんな風にべたべたするのはいかんだろ?」
母「私はしたい。」
父「しかし、父の威厳が。」
母「したい。」
父「威厳が。」
母「私は!」
父「はい、すいません。努力します。」
母「よろしい・・。チューしようチュー。」
そこで目を離す私。 他人の恋愛、特に親の恋愛はとっても生々しく見えると知った17の夜。


父の態度はその後も私がいる前では変わらなかったけど、相思相愛の夫婦であることは分かっていたので心配は無かった。
今で言うとこの父ツンで母デレだね。便利な言葉ができたものだ。

そんな普段は素っ気ない父も母の誕生日の時は母の大好きな苺ショート、そして誕生花一色の花束を贈る。
この日だけは父は絶対に定時に帰る。それをいつもよりちょっと豪華なディナーで迎える母。
それを存分に楽しんだ後、苺ショートを三人で食べる。
そして、最後に父は母に言う。
「愛してるよ。」
それを聞く母はとても満足そう、反面父は所在無さ気だ。

それは毎年毎年どんな時も欠かさず続けられた。
毎年毎年この日、食卓の中央には花が、そして苺ショートがあった。
それは場所を仏壇に換えてからも続けられている。

母が若すぎて困る。
遺影の中の笑顔な彼女は昔と何も変わらない。
一方皺の増えてきた感のある私の顔を見ると、高校時代兄妹と間違われてた関係が親子にまで開いていそうだ。

私は母がいなくなってから程なくして、結婚した。
その時、一人身の父を思い同居をしようと話したが父の答えはNo。
一人じゃ淋しいでしょ?と聞いた私に父は言った。

「いいか、どんなに何があっても変わらないものがある。それは愛の思い出だ。それがあり限り俺は一人じゃないし、淋しくも無い。」
赤面しながら言う父を見て、やはり昔のように天国の母は満足そうに笑っている。私はそんな気がしてならないのだ。

ふと見た仏壇の、中央にあるガーベラの花束が風になびき、カサッと鳴った。
それはまるで母が「そうなのよ~」と返事をしたようで、不思議と嬉しかった。
小児科医の立場からいえば、3人は育ててほしいね。3人だと初めて親と子の力関係が逆転するのよ。2人のうちは親が子どもを支配できるけど、3人目はこの関係が崩れるのよね。そうすると逆にいい子ができるよ。子どもは親が大好きだから、何とか親に気に入られたいと動く。でも、うまくいかずに心が傷つき葛藤する。そこでいろいろ学ぶの

 ノマドはこの先、その語感に最もそぐわないデジタル不適応の中高年ワーカーのためのキーワードになるはずだ。

「どういうことだ?」

 より具体的には早期退職者や定年再雇用のためのソフトランディング施策に相当する。

「もうひとつよくわからないが」

 だから、いきなり解雇というわけにはいかないから、ノートパソコンを持たせて「出勤に及ばず」ぐらいなカタチの外部委託スタッフに格下げするわけだね。

「さっき、デジタル不適応って言ってなかったか?」

 うん。実質的にはクビなんだけど、MacBookAirを持たせることで、なんとなく場を繋ぐわけだよ。

「誰が得するんだ、そんなことして」

 だって、10万円かそこいらのガジェットひとつで退職金を節約できるんだぜ。で、窓際社員を野に放つ、と。

「それで野窓か」

 今年の流行語大賞は「野窓社員」で獲りに行くぞ(笑)。

小林よしのりは、最近、元気がない。『天皇論』も、発売当初こそ村上春樹の新作に次ぐ「二位」につけていたらしいが、あっという間に売り上げランキングから消え、返品の山を築こうとしているらしい。本というものは、売れているかのように見える時が、一番怖いのである。増刷に増刷を重ねた挙句、突然、売れ行きが止まり、返品の山が築かれ、小さい出版社なら、即倒産となるわけであるが、小林よしのりの『天皇論』の場合はどうだろうか。ところで、全力を傾注して打ち込んだはずの沖縄論や沖縄集団自決裁判では、結果的に小林よしのりが支援した原告側(旧日本軍人)が敗訴し、チベット論、アイヌ論では、論理矛盾やダブル・スタンダードを指摘され、それに対してまともな反論も反撃もできずいる。「アイヌ論」「チベット論」では、「単行本化」(『アイヌ論スペシャル』『チベット論スペシャル』?)を予告したにもかかわらず、連載を早々に打ち切り、単行本の話はなかったことにしたいらしく、ただひたすら沈黙している。小林よしのりが、ヒット作『おぼっちゃまくん』の版権を「パチンコ」へ売却したという問題では、小林よしのりの支持者や愛読者だったはずの「ネット右翼」と言われるような人たちから、その変節と転向を激しく批判されている。彼らの批判に対しては、「純粋主義者」と罵倒し、「漫画家が金を稼ぐのが何処が悪い」「プロは売れない漫画は書かない」と居直っているが、「右翼的」「保守的な」思想漫画を描き、中国、北朝鮮、韓国等を激しく批判し続けてきた小林よしのりにしては、おかしな理屈であることは間違いない。

小林よしのり先生、沈没す。-チベットへの同化政策とアイヌへの同化政策は「次元が違う」? - 文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ 『毒蛇山荘日記』 (via utubo) (via makototz)

さすがにパチンコはびっくりしたけど、ともだチンコってことなんだと全くするようにした。

(via mitaimon) (via mediapicnic) (via wideangle)

(via otsune)

2009-07-06

(via gkojay) (via raitu)